大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和48年(ワ)4348号 判決

原告 林朝清

被告 日本エヌ・シーアール株式会社

右代表者代表取締役 三富啓亘

右訴訟代理人弁護士 副聡彦

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、被告会社の営業時間内は何時でも、被告会社に備え置かれた定款ならびに株主総会および取締役会の議事録を閲覧・謄写させなければならない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求原因

原告は、被告会社の株主である。よって、原告は、被告に対し、商法第二六三条第二項に基づいて、原告の求める裁判第1項に記載のとおり被告会社の定款ならびに株主総会および取締役会の議事録の閲覧・謄写を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実は認める。

三  抗弁

原告は、被告会社の代表者に面会して原告が関与している東南アジアからの留学生の援助活動に対する賛助金を被告会社から獲得することを意図して、被告会社代表者に対し、執拗に面会の申入れをしたが、被告会社代表者からその申入れを拒絶されたので、ことさらに被告会社の定款・議事録の閲覧・謄写を請求して、本件訴えを提起するに至ったものである。したがって、原告の本訴請求は、権利の濫用であるから、失当である。

四  抗弁に対する認否

原告が東南アジアからの留学生の援助活動に関与していることは認めるが、その余の事実は否認する。原告は、被告会社の株主として、被告会社の代表者から直接その経営理念を聴く目的で、被告会社代表者に面会の申入れをしたのであり、この申入れに対する被告会社代表者および従業員の態度ならびに被告会社の定時株主総会の資料等から、被告会社の運営そのものに疑念を抱くようになり、その疑問点を解明する目的で被告会社の定款・議事録の閲覧・謄写を請求したものであって、本訴請求は正当である。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一  請求原因事実は当事者間に争いがない。そこで、被告主張の抗弁について判断する。

1  ≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

原告は、昭和四八年一月三〇日、被告会社の第八一回定時株主総会に出席し、その閉会直後に議長席に歩み寄り、被告会社代表者に対して、近日中に面会したい旨申し入れた。そして、原告は、その際に被告会社代表者から面会の約束を得たとして、同年二月二日付の書面で、被告会社代表者に面会の申入れをし、同代表者において面会日を指定して回答することを求めた。この申入れに対し、被告会社では、株式課長である原沢高政が、同月七日ごろ、原告に対し、被告会社代表者は面会できないので、同課長が面談する旨電話で回答した。そして、原告が同日午後三時ごろ被告会社を訪れたので、原告の応対に当った右原沢は、原告に対し、被告会社代表者に対する面会の目的を質問したところ、原告は、被告会社の代表者に直接会って、経営者としての人柄や経営理念を聴くほか、原告が関係している東南アジアからの留学生の援助活動に対する賛助について相談するため、その相手となる適当な取締役を紹介してもらうことが目的であるという趣旨の説明をしたが、結局、被告会社代表者には面会できなかった。

そこで、原告は、同月八日、被告会社に電話をし、昨日被告会社代表者の代理の者に会ったがさっぱり要領を得ない旨述べて、被告会社代表者に直接面会することをさらに求めたので、被告会社は、同日付の書面で、被告会社代表者は当分の間面会する機会がない旨連絡し、さらに、同年三月一六日付の書面で、被告会社代表者は、あらかじめ日時を指定して面会することができないから、経理部長の芦田悌治郎が面談する旨伝えたところ、約一週間後に原告が被告会社を訪れた。そこで、被告会社では、右芦田および前記原沢が原告と応対したが、その席上、原告は、前記留学生の援助活動に対する被告会社の賛助についても要請をした。この要請に対して、右芦田が相談のうえ返事をする旨回答すると、原告は、被告会社では総会屋にも金員を渡しているのではないかと詰問し、また、被告会社代表者に面会の約束を実行するように伝えることを求めて、当日は帰った。

そして、さらに、原告は、前記の定時株主総会開催日に被告会社代表者から面会の約束を得たことを前提として、同年四月三日付の書面で、その約束を果す意思があるか否かの回答を被告会社に求めたので、被告会社は、同月二六日付の書面で、原告に対し、被告会社代表者は当分の間面談することができない旨回答した。また、原告は、被告会社代表者の自宅宛にも、同年五月四日付の書面を郵送して、右面会約束を実行する意思の有無を回答するように求めたので、被告会社代表者は、同月一五日付の書面で、面会の機会がない旨回答した。さらに、原告は、右の件で、被告会社代表者の自宅にまで電話をしたが、同代表者から、このようなことをされるのは不愉快であるとして電話を切られた。

そこで、原告は、同月末日、被告会社を訪れ、「一たん会うと約束しておきながら約束を守らない、いいかげんな人物が社長をしているような会社だから、インチキがあるに違いない。」といって、被告会社のすべての取締役会議事録の閲覧を請求した。これに対、し前記原沢が、閲覧する部分を特定するように求め、そのことで原告とやりとりをしているうちに、被告会社の営業時間を経過したので、原告は議事録を閲覧することができずに帰った。そのため、原告は、その翌日(同年六月一日)にも被告会社におもむき、再度取締役会議事録の閲覧を請求した。そこで、右原沢が閲覧の目的を尋ねたところ、原告は、その説明の必要はないとし、被告会社が閲覧させないのなら、公の機関によって閲覧させざるをえなくすると述べて、それ以上はその場での閲覧を求めることなく帰った。そして、原告は、その後に本訴を提起するに至った。

以上の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

2  そして、右に認定した事実によれば、原告は、被告会社から、原告の関与している東南アジア留学生の援助活動に対する賛助金を獲得する目的で、被告会社の株主総会の閉会直後に、被告会社代表者に対して面会の申入れをし、その際その申入れに対する承諾があったとは認められないのにかかわらず、面会の約束がなされたとして、被告会社代表者に面会を求め、同代表者が原告と面会する意思のないことが明らかに察知しうるに至った後においても、なお執拗にその面会を求めたが、被告会社代表者が面会に応じなかったことから、被告会社に対して取締役会議事録の閲覧を請求し、本訴を提起するに至ったものであって、本訴請求は、結局、原告の前記目的達成のために、原告が被告会社代表者に直接面会することを求める方法の一環としてとられたものといわざるをえない。

3  ところで、株主は、商法第二六三条の規定により、営業時間内何時でも、会社の定款、議事録を閲覧・謄写することができるが、かかる株主の閲覧・謄写請求権の行使であっても、それが権利の濫用となる場合には、当然に許されないものと解すべきであるところ、右に認定したような経緯のもとでなされた原告の本訴請求は、株主に認められた閲覧・謄写請求権の目的を逸脱し、権利の濫用に該当すると認めるのが相当である。そして、≪証拠省略≫も、それが、当裁判所の和解勧告の結果当事者間に了解された、被告会社が原告に陳謝の意を表わし、原告が本訴を取り下げる方向で和解をするという基本方針に基づいて、被告会社から原告に送付された文書であることは、当裁判所に明らかな事実であるから、その作成の経緯に鑑み、右の判断を左右するものではないし、そのほかにこの判断を覆すに足りる証拠はない。

二  よって、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 平手勇治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例